コラム

改正会社法(2021年3月施行)~施行から半年。未だ未浸透の保険業界~

2021年3月1日に改正会社法が施行されて半年が経過している。今回の会社法の改正のポイントは、金融当局による金融検査で特に着眼される経営管理態勢の実態。いわゆるコーポレート・ガバナンス、経営の透明性を確実なものにするため、取締役や株主総会に関する規定の見直しが行われたこと。
しかしながら、金融商品仲介業、損害保険、生命保険代理店においては、未だこの整備の着手が行われていない。その大きな原因は、業務委託元による整備の指導がほとんど行われていないため、金融商品仲介業、保険代理店が改正会社法の施行を事実を知らないことが実情といえる。
特に保険代理店においては、会社法は会社設立の時だけに関する法律であると間違った認識をしていることから、設立後の会社法遵守の意識に乏しい。
経営管理態勢の重要性を振り返るためにも、改正会社法のポイントをここで紹介する。


1.株主総会の資料の電子提供制度
公開会社の場合、従来の規定では、株主総会に関する資料は株主総会の2週間前までに発送しなければならなかった。また、原則的に資料は書面での送付が必要で、インターネットを通じた資料を提供するためには、株主の個別の同意を得なければならないとされていた。しかし、この2週間の期間については、内容を精査するには短いとの批判が数多くの投資家からなされていた。また、資料が多い場合、郵送料などのコストが負担になるという会社側の問題もあった。
そこで、改正会社法では、「株主総会の資料提供に関し、株主の個別の同意を得なくともインターネットを通じた提供が可能になった(改正会社法第325条の2)。」
<具体的な手順>
・インターネットを使用した電子提供制度を利用する場合、株主総会の3週間前の日または招集通知発送日のいずれか早い日までに資料をアップロードする
・株主総会の2週間前までに、株主総会の日時や場所、株主総会の資料をアップロードしたウェブサイトのURLを株主に対して通知する
・資料を書面で受領することを希望する株主は、株主総会の基準日までに、あらかじめ会社に対して請求しておかなければならない

なお、この制度を利用するためには、定款の変更が原則必要となるが、改正会社法の施行日に上場会社である場合には、定款変更の決議をしたものとみなされる(整備法第10条2項)。
※定款変更をした際には登記変更が必要となる。

出典:法務省「会社法が改正されます」

2.株主提案権の制限
改正前の会社法においては、株主総会において株主が提出できる議案の数に制限はなく、1人の株主が数十個、数百個の株主提案を濫発したりする事態が起こっていた。株主提案が出されると、株主総会はその提案の対応や検討に多大な時間や費用を要することになっていた。そこで、改正会社法では、株主総会の適切な運営のために、取締役会設置会社の株主が、株主総会で議案を提出することができる数の上限を10個までと定められた(改正会社法第305条4項)。
<10個という数字>
・株主の議決権の割合や個数に限られない
・他の株主と共同で提案する場合は、その株主と共同で10個まで
・10個を超える議案を提出した場合、提案自体が無効となるわけではなく、10個を超える部分について、取締役が拒絶する(株主が優先順位を定めた場合はその順番に従う)ものが出来る

なお、議題と議案は異なるものであり、今回の規定の対象となるのは「議案」になるので注意が必要
<例>
「議題」:取締役選任ついて
「議案」:議題に関する具体的な提案

3.取締役会の報酬規程の見直し
改正前の会社法では、指名委員会等設置会社以外の株式会社においては、取締役の報酬については、定款あるいは株主総会の決議によって定める必要があるとされていた。正確にいえば、株主総会で決議する場合には、取締役全員の報酬額の上限を決めていればよいとの規定があった。つまり、取締役の個々の報酬額については、株主総会で定める必要はないというのが従来の解釈であった。
実務上は、株主総会で定めた上限の枠内で、個々の取締役報酬の額については、代表取締役に一任されている企業が数多く存在していた。
しかし、このやり方では、代表取締役が自分の意見に従う取締役の報酬を高く設定してしまう、という可能であるとの批判がなされてきていた。
そこで、改正会社法では、①公開会社であり、かつ、大会社、②監査等委員会設置会社、のいずれかの取締役会は、「取締役の報酬の決め方について、決議をした内容と方針、概要の開示を求めることを義務付けられた(改正会社法第361条7項)。」

4.会社補償に関する法律の整備
会社が役員との契約によって、責任追及の訴えの対応費用等を補償することを約したり、会社が保険料を負担して役員賠償責任保険に加入することが実務上行われている。しかしながらこれらについては、会社と取締役の利益が相反する側面もあり、利益相反取引の規律を適用すべきでないか等、会社法上の位置づけがクリアではなかった。
今回の改正会社法で、従前の利益相反取引の規制とは別枠で、上記の会社補償や役員賠償責任保険について、利益相反取引に準じて取締役会(取締役会非設置会社では株主総会)の承認を要する等の規定が新設され、規律が明確化された。

(1)会社補償の規律整備
新たな規律の対象となる「補償契約」とは、会社が役員に以下の金額の全部又は一部を補償する契約となる(改正会社法第430条の2第1項)。
①職務執行に関し、法令違反を疑われ、又は責任追及の請求を受けた場合における、その対応費用(弁護士費用など)
②職務執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合において、役員が支払う賠償金及び和解金

補償契約を締結する場合、その内容について取締役会(取締役会非設置会社では株主総会)で承認を得る必要がある。一方で、補償契約については会社法の利益相反の規律(会社法第356条第1項、第365条第2項)は適用されない(改正会社法第430条の2第6項)。もし利益相反が適用されてしまうと、それに関連して生じた会社の損害について、利益相反取引の当事者である役員が自己の無過失を主張できない(会社法第428条第1項)、責任の一部免除や責任限定契約の適用を受けられない(同条第2項)といった厳しい規律を受けることになるため、適用除外を明確化したもの。

制度の濫用を防ぐため、補償契約を締結しても、次の金額については役員に補償することはできないものとされている。(改正会社法第430条の2第2項)。②.については、損害を受けた第三者に対しては役員と会社が連帯して賠償責任を負うが、100%役員の職務懈怠に起因する問題であるため役員と会社との内部関係では役員が100%会社に対して責任を負うようなケースで、役員が第三者に賠償金を支払った後で補償契約によりそれを会社が補填してしまうのは、制度趣旨を逸脱してしまうため禁止されていると考えられる。
①通常要する費用の額を超える対応費用(不当に高額な弁護士費用など)
②会社が第三者に損害賠償した場合に、役員が責任を負うべき分として会社から役員に求償できる部分の金額
③役員の悪意又は重大な過失により役員が第三者に対して負う賠償金及び和解金

また、補償契約に基づき紛争対応費用を補償した会社が、役員が自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は当該会社に損害を加える目的で職務を執行したことを知ったときは、役員に対し、補償した金額に相当する金銭を返還することを請求することができるものとされている(改正法第430条の2第3項)。
役員の重過失等がある事案での賠償金・和解金は、そもそも補償できないとされているが、対応費用に関しては、第三者との紛争開始時から発生するもので、紛争が終わってみないと役員に重過失等があったかかどうか判断が難しいことから、その点は問わずに対応費用を補償することはOKとしつつ、事後的に役員の悪質性が判明した場合には、補償した金額の返還を請求できるという建付になっている。

(2)役員賠償責任保険の規律整備
会社役員賠償責任保険(D&O保険)は、役員の利益となる保険の保険料を会社が負担することが利益相反取引にならないかなど、会社法上の位置づけが明確でない部分があったため、今回の改正でルールの明確化が図られた(改正会社法第430条の3)。
具体的には、役員等賠償責任保険契約の内容を決定するのに、株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の決議が必要とされていた。
「役員等賠償責任保険契約」は、以下のように定義されており、括弧内の法務省令では、PL保険や企業総合賠償責任保険といったタイプの保険(主に法人に生じる損害を填補する保険で役員は付随的に被保険者になっている性質のもの)、自動車賠償責任保険や海外旅行保険といったタイプの保険(役員自身に生じる損害を填補するものだが、役員の職務執行の適正性が阻害される懸念が小さいもの)が指定されている(具体的な規定は改正施行規則第115条の2)。このような法務省令の除外規定によって、D&O保険に相当するものが「役員等賠償責任保険契約」に該当するという条文上の建付になっている。
また、「保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの」については、利益相反の規制は適用しないののとされた。新たな規律の対象となった「役員等賠償責任保険契約」のみならず、法務省令でその定義から除外されるPL保険なども、利益相反の規制の対象外となる。前者については新たな規律でカバーされ、後者については類型的な利益相反性の低さや実務上の煩雑さの回避を考慮して、規制対象外であることが明記された。
公開会社については、役員等賠償責任保険契約に関する一定の事項が事業報告の記載事項となる(改正施行規則第119条第2号の2、第121条の2)。

5.その他
上記の他にも会社法の改正は多岐に渡っているが、詳細は総務省の「会社法の一部を改正する法律について」を参照